大切なことと、手放すことは何ですか 〜23年前に震災が教えてくれたこと〜


23年前の今日、神戸で震災を経験しました。
家そのものは、壁に亀裂が入ったくらいで済みましたが
家の中は、ありとあらゆるものが、崩れて、倒れて、割れていました。

偶然にも今日、一年前のクライアント様からお手紙が届いたり
友人からお花が届いたり。

偶然とはいえ、心穏やかな1日が
過ごせることに本当に感謝です。

いま、オンラインで写真のレッスンを開催しています。
(メンバー様は最初から超優秀です)

世間一般的には、ブログも、写真も、広告物にも
〈伝えたいこと〉がひとつに絞りきれない
という状態を度々見かけます。

わたし自身も、あれこれ
言いたくなっちゃうこと、もちろんあります!

でも、ブログも、写真も、広告物にも言えることで
〈伝えたいこと〉をひとつにしなくては
結局、何も伝わりません。
駅などに貼られた大手企業のポスターなどを見ると
とてもシンプルで〈伝えたいこと〉が瞬時にわかります。

 

もっと具体的に例を出しますね。
1つのブログ記事で
「登録してほしい」「買ってほしい」「来てほしい」と
あれもこれも伝えてしまうと、結局
お客様には何もしてもらえないということです。

ブログは
「1記事・1メッセージ」だそうです。

写真も
「1Photo・1Message」です。

たくさんのものを手に入れたいんだけど
本当に大切なもの以外は〈手放す〉ことが大切なのかなって。
手放した後に、本当に必要だったなら、またご縁があるでしょう。

「きる」とか、「捨てる」などとも、ちょっと違います。
執着を〈手放す〉が近いかもしれません。
わたし自身、〈手放す〉ことがどういう意味なのか
わかっているようで、わかっていませんでした。

本当に大切なものは何か?を意識の端っこにおいていないと
〈手放す〉ことができない気がしています。

23年前に震災が教えてくれたこと。

23年前の震災当日
大きな揺れとともに、ものすごく大きな音が響いて
耳が割れそうだったのを今でも強烈に覚えています。
家中のものが、落ちて、崩れて、割れてゆく音です。
揺れと同じくらい、音が怖かったのです。
天井が落ちてくると思いましたし
これで死ぬのかなって本気で思ったのは
人生の中であの一回だけです。

それからしばらくの期間、余震が続きます。
どこの家庭もそうだと思いますが
次に大きな揺れが来たらどうするか?を
家族で話し合っていました。

わたしは、家族にも誰にも言いませんでしたが
あのとき、心に決めたことがありました。

次に大きな揺れがきたら
わたしは、末の妹(1歳半)を抱きかかえて
走って逃げるんだって。
何があろうと、後ろを振り返らずに
妹を抱いて走って逃げるんだって。

わたしには弟妹が他に5人いるので
他の弟妹には申し訳ないと思ったけど
末っ子だけ抱えて走ります、
だって、あの子は自力で走れないから。

当時、わたしは高校一年生でした。
同じ学校の女の先輩が
神戸の長田にお住まいで
火事に巻き込まれて亡くなられました。
火の手が迫っているところ
家族5人で家を出て逃げたのに
うち3人は火に飲まれたと
先生から聞かされました。

一緒に逃げても、
助かる人と、そうでない人がいる事実が
衝撃的で想像もできませんでした。

いま、生かされている事実に
感謝しかありません。
こうして、出会ってくださる方がいて
日々、学んだり、感動したり、感謝したりできること
そのものが有り難いと思っています。

(一応、言いますけど
他の妹が大切じゃないってことではないですよ。笑)

 

究極すぎて、例えにもなりませんけど
わたしにとって、この日だけは

本当に大切なものは何か?
それ以外は、手放しても生きていける

を、毎年 再確認する日です。

あの頃は、目の前のことに必死で
起きる出来事をどう捉えていいのかわかりませんでしたが
時間をかけて、ゆっくりゆっくり消化している感じです。

あなたの本当に大切なものは何でしょうか。

それ以外を一旦手放すと、モノの見え方は
とってもシンプルになる気がします。

思考を難しくしているのは、いつも自分です。

 

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